Shimajima

AMAMI islands Photo book

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黒糖焼酎[Shima-Jima]のラベルにも使われている、気鋭のフォトグラファー高比良有城が奄美群島の"ima"を切り取った写真集。黒糖焼酎[Shima-Jima]を呑みながら美しい島々へ空想旅行してみては。

  • ○価格/1,000円+税
  • ○B6(タテ128mm×ヨコ182mm)サイズ・総頁数152P
  • ○発売部数 限定1,000部
  • ○鹿児島県内外主要書店にて発売

shimajima movie

Part.1

奄美大島

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Part.2

喜界島

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Part.3

与論島

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Part.4

沖之永良部島

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Part.5

徳之島

shimajima interview

島民のクリエイティビティをカタチに。

Kengo Fumoto / 麓 憲吾さん

 「奄美の人は陽気で人と集うことが好き。昔から集落の集まりなどで歌や芸事を披露する機会があるせいか、一芸に秀でた人が多いですよ」。そう話すのは、名瀬市でライブハウス『ASIVI』とコミュニティFM『エフエム奄美(通称デイ!ウェイヴ)』を運営する麓憲吾さん。娯楽や情報が少ない離島では、娯楽とは与えられるものではなく、生み出すものなのだ。
 麓さんは、かつて東京で暮らしていたUターン者。都会に憧れた経験も故郷を愛する気持ちもあるからこそ、「奄美を出た若者が帰ってきたくなる島にしたい」と麓さんは今までに様々なイベントを企画してきた。奄美大島初のライブハウスやラジオ局といった存在は今や島民たちの生活に溶け込み、彼らにとってなくてはならない存在となっている。

 島には今でも子どもたちを近所の大人が見守るという構図がある。イベントなどで様々な世代の人が集まって楽しいひと時を共有できるのは、そんな温かな関係性が育まれているからなのだろう。「これからも島民が楽しんでくれるようなことを仕掛けていきたい」と語る麓さん。マングローブ林や美しい海はもちろんだが、島民たちのこうしたクリエイティビティとユーモアに満ちた人柄もまた、奄美大島の魅力である。

麓 憲吾さん(42) 1971年奄美大島生まれ。工業高校を卒業後、東京へ上京。4年後、奄美大島へ帰郷し、1998年ライブハウスASIVIをオープン。2007年にはあまみエフエムを開局した。ラジオ局運営やイベントプロデュースにとどまらず、全国各地で講演や講師として引っ張りだこの日々を送っている。

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島で歌うから『島唄』になる。

Saori Kawabata / 川畑 さおりさん

 三線の優しい音色に乗せて透き通るような歌声を披露してくれたのは、喜界島を代表する唄者、川畑さおりさん。「これは『朝花節』と言って、客人を歓迎するときに最初に歌う曲なんですよ」と教えてくれた。川畑さんが島唄を習い始めたのは小学3年生のとき。祭りで祖父が島唄を歌うのを見たときに衝撃を受けた。「祖父の唄を聞いて周りの人が涙を流していたんです。人の心を動かす島唄のパワーを感じました」と川畑さん。

 川畑さんは民謡民舞全国大会をはじめ、全国規模の大会で数々の受賞経験を誇る実力の持ち主。でも、唄者デビューのステージは島の木陰だったのだそう。「島唄を愛する気持ちは当時と変わらないけど、大きな舞台に立つようになって、歌詞の意味や歴史を考えて歌うようになった」という彼女は、勤務先の公民館に保管されている資料を読むことも多い。

 近年はCDデビューや海外での舞台も経験し、音楽を通して世界中の人と交流することの素晴らしさを実感している。「でも、島唄は島で唄って初めて完成する気がします。今の私があるのは喜界島のおかげなので、この島で歌い続けていきたいです」。川畑さんの唄が人を魅了するのは、そんな島への愛情が島唄に込められているからなのかもしれない。

川畑さおりさん 1983年喜界島生まれ。小学校3年生の時から島唄を始め、数々の賞を総なめにしてきた実力派。日本エアコミューター(JAC)では、機内音楽に『永遠の碧』が使われ、全国各地のイベントに忙しく飛び回る現在でも、喜界島を拠点に島の心を唄い続けている。

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この島には、自由がある。

Saori Hayakawa / 早川 沙織さん

 「一人旅で訪れた与論島に魅了されて、数ヶ月後にもう一度来て…1年もしない内に移住しました」と笑うのは、東京出身の早川沙織さん。「移住の一番の決め手はやはり島民の温かな人柄ですね」と早川さん。家や仕事のあてもなく最小限の荷物で島に移住した。

 とはいえ田舎暮らしは初体験。島民の逞しさに驚くことも「台風で停電しても、島民はいつも通り与論献奉をしているんです。東京では考えられません」と笑う。また、島は人やモノや情報で溢れる都会に比べると不便ではあるが、「この島には自由がある。この開放感は最高!!」。

 東京ではヒップホップダンスの講師をしていた早川さんだが、今は空港職員として働く傍ら「ミス黒糖焼酎」としても活躍している。「大好きな『有泉』をPRして、与論島を盛り上げていきたい」と抱負を語る。加えてダンススタジオがない与論島で、早川さんはダンス教室を始めた。教室は好評で、生徒の中には親子2世代で通う島民もいるそう。移住してわずか1年。様々な分野で必要とされているということは、彼女が与論島に温かく迎え入れられている証。「島の方々のお世話になりっぱなしだから、少しでも恩返しできれば」そのフレッシュな笑顔が、島暮らしの充実ぶりを物語っている。

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島は、日本の縮図。

Kouichi Motobu / 本部 孝一さん

 現在は兵庫県在住の本部孝一さん。フラの衣装を販売する株式会社グローバルスタンダードの経営者である一方で、沖永良部島出身者で組織される沖洲会の中心メンバーとして、月に一度は故郷に帰り、島の活性化に注力している。「関西は沖永良部島出身者が多いところなので、会の活動も盛んです」と本部さん。

 島に帰ると役場の会議に出席することも多く、島の未来と真摯に向き合う日々。「島は日本の縮図。豊かな自然があり、子育てもしやすい。まさに日本人の理想とする暮らしです。そんな島の魅力を本土にも発信したいという気持ちは昔からありますね」。そんな思いから本部さんは、10年前から島で定期的にフラのイベントを開催している。「ハワイに住んでいた時、ハワイには沖永良部島と同じ空気が流れていると感じました。沖永良部島もハワイと同じ可能性を持っているのです」。また、沖永良部島はエラブユリをはじめとする花の生産が盛んな島でもある。「今後は沖永良部島の『花の島』としての魅力を伝えていきたい」と意欲を燃やす。

 沖永良部島の人々は穏やかだ。彼らは特産物のジャガイモやソーキそば、島唄で旅人を手厚くもてなしてくれる。そんな温かな島を世界一幸福度の高い島にするべく、本部さんの挑戦は続く。

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我が家は、みんなの憩いの場。

Mr. & Mrs. Takenouchi / 竹内幸一郎さん・初枝さんご夫妻

 緑豊かな阿権(あごん)集落に佇む『カフェ寄る辺』と『民泊幸ちゃん家』。ここを経営するのが竹内幸一郎さん・初枝さんご夫妻だ。教師だった初枝さんは、「人を幸せにする仕事をしたい」との思いから2012年に早期退職。自宅を改装してカフェと離れをつくったのだそう。カフェで提供するスイーツも民泊でふるまう食事も、島の食材を使って手づくりするのが初枝さんの信条。

「島民が普段食べているものを提供しているのですが、お客さんはとても喜んでくださるんですよ」島民にとっては当たり前の食事も旅人にとっては驚きと発見の連続。それは幸一郎さんがアテンドする畑仕事や船乗り体験にも繋がることだ。
 徳之島の島民は初枝さんいわく「人を楽しませることが好き」なのだそうだが、人をもてなすことで得るものも大きい。お客さんからのお礼の手紙やリピーターの存在などのダイレクトな反応は、ご夫婦の元気の源だ。

 最近では、同窓会や記念日に民泊を利用する島民も増えた。それは旅人と島民の垣根がないこの空間だからできること。今後はライブなど、広大な庭を活用させるイベントも企画している。「お客さんを待つ時間さえ楽しい」と話すお二人には、今日も素敵な出会いが待っている。

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